現地視察2日目

学生ボランティアの活動(視察2日目)

2日目の現地視察では、福島市で大学生活を送っている福島大学と福島医科大学の学生9人に、学生の視点で世界各国の赤十字・赤新月社に福島の現状を伝えてもらうために、ボランティアとして視察の計画・運営に取り組んでいただきました。
今回の視察では、「マイナスイメージだけでは頭が飽和しがち」という学生自らが立てたテーマのもと、ルート選定や訪問地の説明など細部にわたり学生たちが協議を重ねてプランを作り上げました。移動中の車内では、訪問先についての概要や復興に向けた取り組みと現状を学生たちが英語で説明しました。視察の参加者からは学生の視点とはまた違った意見があり、学生からは、多くの学びを得た貴重な経験になったという声が聞かれました。以下、学生ボランティアからの感想とメッセージです。

ルート選定・訪問地に対する思い


訪問先①川俣町(飯舘村仮設体育館)
飯舘村仮設体育館は、日本赤十字社(以下、日赤)が東日本大震災復興支援事業の教育支援として建設を支援した体育館なので、海外救援金を寄せてくださった各国赤十字・赤新月社の方々にぜひ見ていただきたいと思いました。
 
訪問先②飯舘村内除染廃棄物仮置き場車窓見学
汚染された土が保管されている様子を見ていただきたいと思いました。仮置き場はこの一か所ではなく、福島市内のいたる場所で目にすることができます。
 

視察計画ミーティングの様子

訪問先③浪江町役場
視察団一行は、特別な許可を得た上で浪江町に立ち入りました。震災に伴う福島第一原発事故の影響で町内に住むことは未だに許可されておらず、街にいるのは除染や様々な工事の関係者がほとんどでした。街中はどの家も地震の爪痕が今もそのまま残っていて、地震の大きさを物語っていました。震災前は多くの人で賑わっていたはずの駅前の街灯が折れ、上部が落下したままになっていた光景が強く印象に残りました。
沿岸部には請戸地区という集落がありますが、こちらは津波の影響で壊滅状態でした。瓦礫や陸に乗り上げた漁船がいたる所にあり、津波の威力を思い知らされました。この地区には慰霊碑があり、国際赤十字・赤新月社連盟のシィ事務総長が代表して献花し、全員で犠牲者に祈りを捧げました。
浪江町は東西に長く、事故当時の風向きの影響で、福島第一原子力発電所から離れた地域でも放射線量の高い場合もあれば、一方で福島第一原子力発電所に近い地域であっても放射線量が低い場合もあります。放射線量に応じて三つの規制区域に分けられていますが、いずれの地域の住民も具体的な帰町の道筋はたっていません。もどかしい思いを抱えながらも帰町できる日を心待ちにしていらっしゃる避難民の方々の心情を察するのは容易ではありませんが、同じ福島県民として一日も早く帰町が実現できることを願っています。

被災した浪江町の様子

訪問先④相馬市原釜漁港
地震と津波による壊滅的な被害を受けた相馬市原釜漁港ですが、漁業の再開が遅れた理由は、福島第一原発事故の放射能による海水汚染を発端とする風評被害でした。また、福島第一原発事故以降、多い時は800人いた漁師の方が半数以下に減ってしまったそうです。震災以前は、ヒラメ、カレイなどたくさんの魚が水揚げされる栄えた漁港でした。
震災から3年、損壊した漁港や倉庫などを建て直し、漁に関わる人々も少しずつ戻ってきています。現在では、水揚げした魚のモニタリングをし、結果を公表することを条件に試験操業が行われています。未だ放射線量の影響で出荷制限されている魚はありますが、出荷を許可された魚からはほとんど放射線は検出されないとのことで、安心して福島の魚を食べてもらえるような状況になってきました。
「出荷制限が0を目標にこれからも頑張っていく」という言葉から、相馬市原釜漁港の方々の復興への思いを感じました。視察の日も晴れ渡り、釣りをする人や綺麗な海を撮影する視察団の方も見受けられました。震災と津波、福島第一原発事故の被害とそこから復興を目指している人がたくさんいるのだという状況を見ていただけたと思います。

相馬原釜漁港の様子

訪問先⑤伊達市のアイスクリーム店
震災後、原発周辺で生産された食品は、安全性の確保のため検査に回され、出荷停止処分を受けたものも多数ありました。そのため、出荷された食品は検査をパスした安全なものばかりでしたが、風評被害により売り上げが激減、農家の方々は大きな打撃を受けました。今回の視察を計画するにあたり、そういった風評被害の払拭のアピールと、「福島に来たのなら、おいしいものを食べて帰っていただきたい」という思いから、このお店を視察先に組み込ました。視察団の方々にも、寒いながらもコーヒー片手にアイスを楽しんでいただけたようでした。これによって、少しでも海外での風評被害を減らすことができればと思います。

まきばのジャージーの様子

訪問先⑥笹谷東部応急仮設住宅
地震による津波と福島第一原発事故により避難してきた方々の一部は、福島の各地にある仮設住宅に入居しています。この笹谷東部の仮設住宅では、浪江町請戸地区などの沿岸部から避難してきた方々175世帯・約400人が入居しているそうです。このタイプの仮設住宅の建設には2~3か月かかるとのことでした。3種類の部屋が用意されており、年配の方が入居する部屋の外には緊急事態を知らせるランプも設置されていました。この仮設住宅には日赤が寄贈した家電セット(冷蔵庫・テレビ・電子レンジなど)が設置されており、すべてを置いて避難せざるを得なかった被災者の方々に喜ばれていました。
被災者の方々は全国に分散して避難していますが、被災者の現状と日赤の役割を見ていただくという点で、仮設住宅の視察は意義があったと思います。
 
 

笹谷東部応急仮設住宅の様子

視察を終えて


今回の会議の主題が原子力災害対策ということだったので、原発事故による住民の被害と赤十字の活動を見ることのほかに、福島という地域の良さと風評被害の払拭も含めて視察行程を考えました。
視察団の方々には、警戒区域内の光景は強烈な印象を残し、避難してきた住民の生の声は、テレビ越しに伝えられる内容よりもリアリティを感じてもらえたと思います。また、伊達市のアイスクリーム店では「このアイスは美味しい」という声も聞かれ、福島が徐々に立ち直ってきていることも理解してもらえたと思います。学生の視察プランは、データよりも生のイメージを伝えることを主眼に置いていましたので、我々の目的は果たせたのではないかと思います。
今回計画に参加した9人のほとんどが県外出身者でしたので、私たちにとっても計画の立案から視察参加までの過程は勉強になりました。また、この経験は今後の自信にもつながると思います。たとえ直接的な活動ではなくても、今回得た知識と経験を周りの人に少しでも広めていくことによって、私たち大学生も原子力災害に向き合っていると言えるのではないかと思います。

 

視察の際、バス車内で福島の状況について説明する様子

参加した学生の感想


今回のこの企画に関して、最初は興味本位で参加しようという軽い考えでいました。しかし、視察当日、海外の赤十字社・赤新月社の人たちが真剣に話を聞いている姿、質問している姿を見て、自分は責任のあることをしていたのだと実感しました。そして、これからはもっと福島のことについて、そして赤十字の活動について勉強していこうと思いました。この企画に参加できたことはとても良い経験となりました。(福島医科大学1年 男子学生)
 
今回、原子力災害対策関係国赤十字社会議の一環として現在の福島を知ってもらうために、視察団を1日案内させていただき、とても多くのことを学びました。特に放射能の被害を受けた漁港をはじめ案内した各所で、海外の赤十字社・赤新月社の方々が積極的に放射能の影響や復興状況について質問している姿を見て、福島第一原発事故からの復興に世界中が注目していることを再認識することができました。また同時に、放射能基準数値以下の地域であっても、未だに不安を抱く国が多くあることも認識しました。(福島医科大学1年 男子学生)
 
今回の視察で、海外の赤十字社・赤新月社の方々が説明を真剣に聞き、何度も質問をしている姿がとても印象に残りました。私自身は今回の視察に積極的に携わろうとせず、心のどこかで逃げていました。そんな中で海外の方々の姿を目の当たりにし、福島に住んでいる自分がまずは原子力の問題、福島の復興に正面から向き合わなければならないという思いが強くなりました。また、福島医科大学の学生と共に活動をしたことにも刺激を受けました。(福島大学1年 男子学生)
 
外国人視察団のアテンドという、今まで全くやったことがないことを体験できてとても良かったです。本番はとても緊張して、最初はカッチカチだったのですが、参加者の方々が優しくてフレンドリーで、徐々にリラックスして手伝えるようになりました。仮設住宅を案内するときには、最初よりも笑顔で動くことができました。しかし、話しかけられても、英語が全然できなくて悔しい思いをしたので、もっと話せるように勉強をしたい!と思いました。貴重な経験ができて本当に良かったです。ありがとうございました。(福島大学1年 女子学生)

仮設住宅集会所での事前打ち合わせの様子

学生たちの集合写真